双名島(ふたなじま)
土佐十景の一つとされる「双名島」
- このページでは、双名島についての伝説や昔話、双名島の写真などをご紹介しています。
- 久礼湾にぽっかりと浮かぶ一対の島。これが、土佐十景の一つとされる「双名島」です。
- 昔むかし・・・大波に悩んでいた久礼の人々を助けようと、鬼ヶ島の鬼が2つの大きな岩を運んできたと伝わっています。
- 双名島にはそれぞれ観音島・弁天島という名前があります。その名の通り観音島には観音様、弁天島には弁天様が祀られており、久礼の漁師達はこの島に航海と家族の安全を祈願します。双名島は、歩道で陸続きとなっており、歩いて渡ることができます。島からの眺めもなかなかですよ。
- ・双名島に伝わる鬼伝説とは?
- ・双名島にまつわる昔話はこちら
- ・写真でもっと双名島を見たい方はこちら
- 双名島までは行きにくいという人は、ふるさと海岸から沖を眺めてください。ひと目で発見できます。
- 無料で貸し出している自転車(レンタルサイクル)があります。天気の良いには、双名島までサイクリングしてみてはいかがでしょうか?
- また、島への降り口には、双名島の名の由来と、歌人・大町桂月(おおまち けいげつ)の歌を紹介した看板が建てられています。島を訪れたら、ぜひ読んでみてください。
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- 双名島の情報
- 場所:中土佐町久礼大野 JR土佐久礼駅より車で5分
- [備 考]・道路から双名島へ降りる歩道には手すりがありませんので、子ども連れもしくはお年寄りの方は足元に気をつけて降りてください。
- ・自動車や自転車は、双名島へ降りる階段の脇に駐車スペースがあります。
- 『双名島 二人の親の 手を取りて この名所に 遊びてしがな』−山村綾子・作−
- 恐らく、これは初めて双名島を見る、全ての人の心であろう。
- 大津崎にそっと抱かれて、波静かな久礼湾に緑の影を落とす弁天・観音の両島、
その間に可憐な姿を見せる烏帽子(えぼし)岩の佳景は、土佐十景の名に恥じない。
室戸岬の雄大・豪壮の気はないが、その線のこまやかな優雅な景は、おのづから人の心をなごやかにする。
- 大町桂月かつて久礼に遊び、これを賞するあまり一文を草して、
『大小の懸隔(けんかく)甚だしき二見の浦の二岩を旧式の夫婦岩とすれば、
大きさほぼ相同じき久礼浦の双名島は、新式の夫婦岩とも言うべくや。
相去ること百間ばかり、いずれも高さ十丈、下の周りは五十六間もあるべく、
下の半身は骨を露し、上の半身は木立を帯びて、老松も少なからず。八幡祠頭よりみて、感歎に堪えず。』と。
双名島は四季とりどりに趣きがあって捨てがたいが、9月のある朝、拝した日の出の美観は忘れられない。
- 朝、薄暗いうちに八幡宮前の渚に出た。
鼠色に和んだ海が、だんだんと白みはじめると、水平線のあたりが、微紅を帯びてきた。やがてそれは薔薇色に変わり、濃くなり、広くなり、空も海も一面に紅を流す。と一瞬、見やすい真紅の日輪が、波浪を割ってゆらりゆらりとご瑰麗な姿をあらわしてくる。烏帽子は、今、等身大に見え、果てしなく続く太平洋を背景に、毅然と後光を放って弥陀(みだ)の来迎(らいごう)を想わす。ああ、その美しさ、有難さは何にたとえようもない。渚には、合掌したまま黙然とうなだれた人の敬虔(けいけん)な姿が見られた。
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- 『人ならば うれしからまし 双名島 二つ並びて 萬代(よろづよ)までも』−大町桂月・作−
- 双名はまた博説の島である。いま里人の昔語りに耳を傾けよう。
- 「昔むかし、鬼ヶ島の鬼が、ある日、鉄棒の両端に大きな岩をつきさすと
、全身に汗をかきながらこの久礼をさしてやって来た。何でもその岩は、鬼ヶ島の門であったが、
久礼の港口が荒れると聞いて、わざわざ持って来たのだ。
しかし、ここまで来ると、さすがの力自慢の黒鬼も、すっかり疲れてしまって、
- 『おおの。』
- と、うなり声をあげたまま、海の上にぶっ倒れた。
しかし、その時連れていた子鬼が、溺れそうになったのを見ると、我が子可愛さに最後の力をふるい起こし、
子鬼をさし上げながら海の底に沈んでいった。危うく助かった子鬼は、親の情けにさめざめと泣きながら、
いつまでもその場を離れようとはしなかった。
かくして悲しみの幾年月かが過ぎて、遂にその子鬼は烏帽子の岩と化したのである。
だから両方の岩とも穴が開いているし、そこらあたりを大野といいうのだ。」
- 博説には、古人の思想がこもっている。
- 純真素朴な我らの祖先
- 港口の荒波に、ともすれば苦しめられて、何とかして浪を防ぐ手だてはないかと頭をはたらかせた祖先
- の魂が身近に感じられて、微笑を禁じえないものがある。
- 中土佐町史料「久礼読本」復刻版(平成22年3月 中土佐町教育委員会発行)より抜粋
- 海に浮かぶ二つの島、双名島。島にはそれぞれ「観音島」(陸側)、「弁天島」(沖側)という名前が付けられており、小さな「烏帽子巌(えぼしいわ)」と呼ばれる岩もあります。
- なぜ双名島がそこにあるのか、理由は鬼の伝説として語られています。鬼といえばよく昔話で恐ろしいイメージで描かれていますが、この伝説に登場する鬼は全く違います。自分を犠牲にしてまで苦しむ人々を救った鬼の雄姿は今でも久礼の人々に語り継がれています。
- 昔むかし、山奥に鬼の親子が住んでいました。ある日、海の神様の怒りをしずめようとお祈りしているおじいさんと孫に遭いました。海が荒れて、浜の人々が次々と海にさらわれて行くというのです。ある時、海が大荒れに荒れ、鬼はおじいさんと孫の事が気になりました。そこで、山の大きな岩を二つ金棒にさし、海へ運んで行きました。子鬼も一緒について行きました。荒れ狂う波に足をとられ鬼は倒れてしまいました。そして、子鬼をおぼれさせまいと、支えながら力つき海に沈んでしまいました。子鬼は泣き叫びとうとう岩になってしまいました。
- この逸話は双名島にまつわる昔話として久礼の子供達に語り継がれています。また、絵本や紙芝居となって全国に広まっています。捉え方はそれぞれ違いますが、親が子に注ぐ愛情の大きさ、久礼を救った鬼の心の優しさは読む人の心を強く打つのではないでしょうか。
- 双名島は現在二つの島をつなぐ道が通っており、防波堤の役割を果たしています。島には「鬼が金棒に突き刺して運んだ」といわれる大きな穴も開いており、こちらは実際に見る事もできます。
- 写真は双名島の砂浜の風景です。鬼が必死に岩を運んでくれたおかげでこの美しい景色が、伝説が今でも語り継がれている理由ではないでしょうか。今でも航海の安全と大漁を願って、漁師達はこの島にお供え物をしているそうです。
- 双名島は久礼のふるさと海岸から一望できますが、実際現地で見るとまた違う印象を受けます。
未だ伝説が残るこの双名島の写真と楽しみ方をご紹介します。
- 太陽と潮の香りがする島
- よく晴れた日の双名島は、暖かい日差しと潮の香りがとても気持ちいい場所です。
お弁当を持って行くと、ちょっとしたピクニック気分を味わえます。
大正町市場で美味しい物を買って、ぶらりと出かけてみるのもいいですね。
双名島は風が少し強く、またテトラポッドの大きな隙間や足場の不安定な場所があります。
小さいお子様連れの方は十分注意してください。
高台から望む双名島。手前が観音島、奥が弁天島。
陸側の観音島。大きな岩のよう。
海側の弁天島。頂上には灯台が建っています。
島を繋ぐ道。休日は釣り人が訪れます。
- 鬼ヶ島の鬼が運んできた優しさ
- 双名島には鬼にまつわる伝説があります。
- 荒れる海に悩まされていた久礼の村人を助けようと、鬼ヶ島の鬼が二つの大岩を金棒に刺して運んできます。
これが大層重たく、やっとの思いで久礼に着いた鬼はその場に倒れ込みます。
- しかし一緒についてきた子鬼が溺れそうになり、鬼は最後の力を振り絞って子鬼を助け、
自分は海の底に沈んでしまいました。助かった子鬼は親鬼を思って泣き続け、いつしか岩になったそうです。
- そして鬼が運んだ二つの大岩が防波堤となって久礼の人々を救い、双名島と呼ばれるようになりました。
命がけで子供を助けた鬼の深い愛情は、変わる事無く今でも語り継がれています。
鬼が双名島を運ぶ際、金棒を刺したと言われる穴。
弁天島の灯台。漁師さん達の道しるべです。
観音島に祀られている観音様。
弁天島に祀られている弁天様。
- 待つのもまた一興?気軽に行ける釣り場
- 双名島は地磯釣りも楽しめるスポットでもあり、休日には多くの釣りファンが訪れます。
- 島を繋ぐ道やテトラポッドの上に座り、釣れるまでひたすら待つ。
天気のいい日は眠ってしまいそうですね・・・時期によってグレ・チヌが釣れるようです。私が訪れた日も、少年達が真剣な表情で釣竿を見つめていました。
- 何度も訪れて、お気に入りの釣り場所を探すのも面白いかもしれません。
逆に平日はほとんど人がいないので、静かな双名島を楽しむことが出来ます。
思わず泳ぎたくなるような双名島の海岸。
双名島の向こうに広がる太平洋。
観音島
弁天島
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